私のこれまでと今
Yoshi's Biography
 S&Cの世界では、近年様々な方法や理論が発達、
そして発展しています。あちこちの情報に目を向けているうちに、
「いったいどれがよくて、どれがまずいのだろう」と頭の中が
こんがらがってきてしまいそうです。

 S&Cコーチとして、宝物である選手たちには最高のものを
提供したいと日々考えていますが、その選手たちに最もいいもの
って何なんだ、というのは非常に難しい問題です。同じことばかりを
ずっと続けるわけにはいきませんが、新しいものにやたらと喰い付いて
いくのもどうかと思う毎日・・・。うーん、とない頭を悩ましてしまう時、
必ず自分自身に問いかける質問があります。それが
『なぜスポーツ選手にとって“筋トレ”が必要なのか?』という問い。
S&Cコーチにとって、最も原点に立ち返った疑問ですが、とにかく
迷ったらこれです。私がいつも導き出す解答は、『ケガの予防と軽減』、『身体パフォーマンスの向上』という2つ。何をするにも、これが基本となってます!

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 筋トレ、いわゆるStrength Trainingの効果が、スポーツにとって非常に重要なものであることは言うまでもありません。それは上記に示したような4つの能力が高められ、それが『ケガの予防・軽減』、『身体パフォーマンスの向上』に繋がっていくと考えられているからです。ですから、スポーツ選手が行うS&Cプログラムでは、『ケガの予防・軽減』、『身体パフォーマンスの向上』を達成するために、様々な動作を安全に行う筋力を養い、傷害を未然に防ぐ為の関節の安定性を高め、そしてパフォーマンス発揮の為の“筋−神経”の協調性を高めるプログラムを展開していく必要があるでしょう。

 近年、日本のS&C界を少々にぎわせたスロートレーニング(本場アメリカではHigh Intensity Training、あるいはHITという名称で知られている)という方法がありますが、この方法が上述した4つの能力を高める為にどのくらい有効であるかを考えてみましょう。

 確かに、HITを通じて様々な動作を安全に行う能力、傷害を未然に防ぐ為の関節の安定性は高められるでしょう。しかし、パフォーマンス発揮の為の“筋−神経”の協調性の向上についてはどうでしょうか?

 “筋−神経”の協調性を高めることで養われる最も大きな身体能力は『パワー』です。このパワーこそが、多くのSports Activity、Athletic Eventで必要とされる重要な能力の1つであることは言うまでもなく、より高いパワーを持ち合わせているスポーツ選手が、当然のことながら、より高いパフォーマンスを発揮できるということになります。そして、このパワーの育成には、やはりHITのみのトレーニングでは限界があり、いわゆるクイックリフトやエクスプローシヴ(爆発的な)トレーニングを通じて、“筋−神経”のシステムを刺激してやり、それらを向上させてやる必要があるという結論に導かれます。

 トリド大学のHead S&C CoachであるSteve Murrayは、Dan Riley(現Houston Texans Head S&C Coach)から直接HITを学んだHIT信奉者であり、私が心から尊敬するコーチです。私にとっては師匠のような存在です。しかし、日米のいろいろな現場で指導経験を積んできて感じたことは、やはりHITだけのプログラム展開では、S&Cプログラムの重要な目的の1つである『身体パフォーマンスの向上』、すなわち“パワー”向上の為の“筋−神経”系の協調性を高めることは厳しい、ということでした。科学的な文献を調査してみても、HITとパワーの向上に関する文献が非常に少ない一方で、クイックリフトやエクスプローシヴなトレーニングとパワーの向上にはかなりの相関性があるとの報告が多数されています。

 このように、S&Cを通じてスポーツ選手の『ケガの予防・軽減』と『身体パフォーマンスの向上』という2つの目標を可能な限り達成する為には、様々なS&Cプログラムを展開していく必要があるということになります。HITやクイックリフトに限らず、必要に応じて、適切な時期に適切な方法や理論を取り入れ、より良いS&Cプログラムを実践していくことが求められるわけです。

 現在、私が指導をさせてもらっている大学では、HIT、クイックリフトやエクスプローシヴエクササイズ(QL&Expl)に、ファンクショナルトレーニング(FT)を加えた3本柱を中心にプログラムを展開しています。下図に示したように、スピードストレングス、パワーといった能力を引き上げ、最終的に身体パフォーマンスを向上させることを狙いとしたトレーニング、いわゆるQL&EXPLは、高度なスキルとある程度のレベルに達した筋力、筋量を必要とするので、HITやFTで基礎的な筋力、筋量を構築し、コアを中心とした関節の安定性を十分に向上させた後、その次の段階として導入します。そして、そうした高度なトレーニングを積み重ねていく中で、スキル、スピードといったスポーツに直結する能力の下準備をするように展開しています。

 このように、それぞれのトレーニング理論・方法の特徴や科学的根拠、そして背景を理解して、目的に応じて適切な方法を、適切な形で、適切な段階で投じていく必要があるのではないでしょうか。基礎的な筋力も筋量も備わっていないうちから、高度なトレーニングを無理に展開していっても、結果はでませんし、むしろ、腰痛やその他の関節傷害といったケガを引き起こしかねません。ケガを予防し軽減するためのS&Cでケガを誘発してしまっては、本末転倒です。また、だからといって、HITのような基礎的なエクササイズばかりを行っていても、目的の半分しか達成されません。

 重要なことは、むやみやたらにエクササイズをリストアップして、理由も考えずに表面的なプログラムを実施していくのではなく、
どこで、誰に、何を、いつ、どのように提供し、指導していくかをしっかりと考え、目的をもって、計画的に、我慢強く、忍耐強くプログラムを継続していくことなのです。こうした1つ1つ展開される実際のS&Cプログラムの背景にある土台がしっかりとしていれば、必ずやスポーツに役立つ、そしてスポーツ選手に絶大なる効果をもたらすS&Cプログラムが展開されるはずです。
 
(コーチングクリニック 2006年7月号に掲載した内容を一部改定しました)